このアルバムに収録されている「Nani Kamakura」は、鎌倉を訪れ、その素晴らしさに感動して出来たオリジナル曲。彼の目を通して、私たちに身近にある風景の美しさを再認識させてくれます。

8月に88才を迎えたエディ・カマエ。伝説のグループ「サンズ・オブ・ハワイ」の設立者であり、「愛のモーニング・デュウ」の作者としても有名だ。

先日、JFN Onlineのラジオ番組からハワイアン音楽の選曲を依頼された。時間的に10曲程度...さてどうしようかと思っていた時、大いに役に立ったのがこのアルバム。

このアルバムがハワイでリリースされたのは1997年。日本では日本サッカーが悲願のワールドカップ出場を決め、「失楽園」が流行語となった年である。

前回紹介した「スパむすハワイアン」と基本的には同じ考え方のものだが、よりさっぱりと聴ける、なじみやすい日本人ハワイアンミュージックの一つのパターンとしてインストゥルメンタルアルバムを制作した。「哀愁ハワイアン~ザッツ・ジャパニーズ・スタイル」は近年盛んに言われる昭和歌謡の名曲集で、制作時期を考えると奔りと言え、白石信、杉本いわおがベテランならではの情感を伝えてくれる。ジャケットはジャズCDイラストの第一人者・早乙女道春。

日本でハワイアン音楽を拡大していきたいという、ずっと考えてきたことを"ザッツ・ジャパニーズ・スタイル"のテーマをもって日本人とハワイアンの関連性を再認識できないかとの思いで制作したのがこの2枚のコンピレーションアルバム。1作目は当時日本で現役で活躍していたアーティストの比較的新しいサウンドを集めたもの。2作目は過去に日本のハワイアン黄金時代を作ったアーティスト 和田弘、日野てる子、南かおる、そして大橋節夫とハニー・アイランダースをバックにした加山雄三、「パイナップル・プリンセス」の田代みどり、ユニークなゴールデン・ハーフの「チョット・マッテ・クダサイ」等が入った、とても面白いオムニバス・コンピレーションアルバムとなった。

このアルバムが発売された1997年当時、ハワイアン・ミュージックを何とか日本の音楽マーケットに拡げていきたいという想いで、試行錯誤の中、一般の音楽ファンが自然に入り込めて、しかもハワイアンのエッセンスをしっかりと内在した作品を、ということで制作したアルバムである。
井上真紀という、ハワイアンを解する美貌のシンガーと、オータサンを組み合わせることにより、
洗練された、爽やかなボサノバ的ニュアンスを持つアルバムが出来上がり、大ヒットとは云わないまでも、発売以来現在まで長い間のロングセラーとなっている。レコーディングはアラモアナのスタジオでオータサン好みのサウンドを奏でるベテランミュージシャン達で行われ、ハワイ在住のウラタ・ミチコさんの協力も得て完成した。毎日朝起きては、スタジオに向った事などが懐かしく思い出される。

イズラエルの存在を明確に意識したのは、「マカハ・サンズ・オブ・ニイハウ」後のソロ・シンガーとして、日本語が挿入された「天国から雷」(レイ・レコード LEIR-0018)が強烈な印象だった。ハワイに長く住む日本人の友人の息子が、その日本語のアドバイスをしたとの事でアルバムをプレゼントされ、その声質と楽曲の魅力に圧倒されたのが始まりだった。その後、彼のアルバムの日本への輸入販売をし、2007年に制作会社マウンテン・アップル社を訪問した際、オーナーのジョン・デ・メロ氏の案内でスタジオに通され、製作中であったこの作品『ワンダフル・ワールド』の音源を聴かせてもらい、ハワイ地域のみならず、インターナショナルなマーケットを目指す姿に、彼の父親である大プロデューサー、ジャック・デ・メロと同様の方向性、そしてある意味でハワイアン音楽業界の悲願とも言える遺伝子を感じたものだ。

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